ありがとうと言う感謝の力

私はYouTubeでタロット占いを見るのが好きなのですが、今月は事故に気を付けてねと言うのがあって、こんなに清く正しく?生きているのに事故にあうとしたら、宿命なのかなと一部覚悟もしながら毎日気を付けていたのですが、今度バスを利用する日があるので、自転車で最寄りのバス停に行き時刻表を携帯電話で撮ろうとしたらバランスを崩し自転車ごと転倒したのです。

 

車道と歩道の段差が15センチぐらいあり車道の方に両手がついて、左足がバス停の時刻表の鉄板と車輪の間に挟まって身動きできない状態でした。運良くそこを通りかかった女性の方が私に気づいて下さり助けていただきました。私はその方にお礼を言い痛む足でまた自転車に乗り家に帰りました。

 

家に帰ると左足首の甲の上のところが少し凹んでうっすらと血がにじんでいました。左すね、右膝も打撲したみたいで痛みました。右膝は少し赤紫色になりかけていました。

私はこれくらいですんで良かった~と足を、手でさすりながら本当に良かったありがとうと感謝しながら5分ほどさすっていると、右膝に赤紫色になりかけていたあざが消えていました。それと絶対に青あざができると思っていた足首や脛は押すと痛みはありますが、青あざは一切できませんでした。私の足はちょっと自転車のペダルがふくらはぎに当たっただけなのに、大きな青あざができたり、どこにぶつけたのかわからないのに青あざがいつの間にかできていたりするのでびっくりです。

これはありがとうという感謝の気持ちが起こした小さな奇跡だと思います。

ありがとうございました。

 

エアータバコでタバコをやめた話

もう随分前のことですが、たばこのマイルドセブンが250円から270円に値上がりする前にタバコをやめました。

タバコを覚えたのは会社の寮に入ってからでした。寮は一人一部屋で4.5畳の広さでした。夜になると同僚の部屋にいつも5人ぐらい集まり、そこで自然とタバコを覚えました。最初は気分が悪くなり嘔吐したりしましたがすぐに慣れました。

あの頃は、まだ若くタバコを吸うと手の指、足の先まで体全体重くなる感じが心地良かったりもしました。それから27年間も毎日タバコひと箱吸っていました。

朝起きてまずすることは、タバコを吸うこと、もう完全にタバコ中毒でした。何か一区切りついたらタバコを一服、つかなくても一服していましたが、40代後半にもなってくると、さすがに体がきつくなってきました。1本吸ったら体が鉛みたいに重く感じるのです。心地よいどころではありません。さすがにもうタバコはやめたいと思って禁煙するのですが、2~3日で限界でした。それに吸わないとイライラする、タバコに支配されている自分が許せなかったのです。

ある時やめたいはいつまでたってもやめたいままなので、やめるとはっきり決意しました。

さてどうやってやめようかと考えたときに、エアーでタバコを吸うのはどうかなと思いました。人差し指と中指を口に持って行き吸う真似をし想像力で煙をイメージしそれが体中をめぐり全身が重くなると思い込ませるのです。すると本当に吸ったような感じになったのでした。家では気兼ねなく吸う真似ができますが、外ではさすがに「この人何してるの?」みたいに思われるのは嫌だったので、トイレに入って吸う真似をしていました。

 

仕事の帰りにいつもマクドナルドに入りアイスコーヒーを注文してタバコを吸うのが今で言うルーティンだったのですが、タバコを吸わないので口がさみしく、アイスコーヒーを飲んだ後の氷を食べていたら、それにはまってエアータバコした後は氷を食べる事が一年間続きました。

ちなみに二回り年の離れた夫は50年間タバコを吸っていました。最後の方は1日30本近くも、この人は絶対にやめられないだろうと思っていたら、なんと私に対抗心を燃やしたのか、きっぱりとやめることができました。そのかわり口が寂しいと飴玉を毎日一袋も食べていました。それも1年間近くも、肺がんは避けられても、糖尿病になるのではと思っていましたが、砂糖を大量に摂取すると糖尿病になるという恐れを持たず、罪悪感も感じずただ好きで食べていたから大丈夫でした。

今は本当にタバコをやめてよかったなと思います。

 

 

膝が痛いお年頃

これは昨年のことですが、左足の膝が痛むようになってきて、年齢のせいなのかな 仕方ないのかなと思い、痛い時には痛み止めを服用しながら仕事をしていました。

私はスピリチュアルが好きなので、手で膝をさすりながら「膝さん、いつもありがとう、ありがとう」と念じるも効果なしでした。

そんなある日、美容院で定期的にヘアカラーをしているのですが、美容院に行ってまだ日が浅いのに、髪のことが気になりだしどうしてもまた美容院に行きたくなりました。

いつものように施術中週刊誌をパラパラとめくっていたら、見出しに「歩き方を変えれば膝痛も治る」とありました。

半信半疑で家に帰ってからその歩き方を試してみました。私はいつもかかとから着地していましたが、これだと体がねじれてひざ痛が起こるとありました。その歩き方によると、つま先から着地しやや内股よりに歩くとよいようなことが書いてあり、それを実践してみました。

するとさっきまで歩くと膝が痛かったのに、週刊誌に書いてあったように歩くと全然痛くないのです。え~たったこれだけ注意して歩けばいいの、やったぁ~と小躍りしたくなる気分でした。

それからいつも意識して歩き方を変えてからは、痛み止めのお世話にはなっていません。

夫を看取って

夫が他界して早や半年が過ぎた、去年1月大腸がんが見つかった時にはもう手遅れの状態で、膀胱にも転移していた。主人は高齢で腫瘍はそのまま残し、ストーマを作る手術を受け退院して1か月は、家で普通に生活し、自転車にも乗っていた。が、3月の終わりの夜中に腹が痛いと訴え、タクシーで病院に行きそのまま入院となった。腹膜炎を起こしていたが、手術はせずに投薬で、様子を見ることになり落ち着いた5月にホスピスに転院した。コロナ禍でもいよいよ死が近づいてからは、毎日の面会が許された。その三日後、私と娘二人に看取られながら、穏やかに眠るように息を引き取った。不思議だったのは、心臓が停止した後に私が主人の、喉仏を触りながらごっくんして、と言うと喉仏が動き、嚥下反射がありました、次も喉仏を触りながらごっくんして、と言うとまた同じ反応がありました。やっぱり、耳は最後まで聞こえるんだなと思い、今までありがとうネと伝えることができました。
親子ほど年の離れた主人と二十歳の時に知り合い、それから43年間一緒に暮らしてきて、大きな衝突は1回だけで、いや2、3回あったかも知れないがお互いに心穏やかに過ごせたと思う。本当に長い間ありがとうございました。

 

 

予知夢見たことありますか?

私は今から30年ほど前に予知夢を見たことがあります。仕事を辞めたばかりで次は何の仕事をしようかと悩んでいました。何の資格もなく、何のとりえもない私になにができるんだろうと自信もありませんでした。でも早く仕事を見つけて働かなくてはと焦っていました。家事をしているときや、くつろいでいるとき、求人案内を見ているとき等、かたときも、次はどんな仕事、私でもできる仕事は何?と思い悩む日が続いていました。そういう日がひと月も続いた頃でしょうか、ある夜、夢を見ました。

 

それは工場みたいな所で20~30人の人が何かをミシンで縫っていました。何を縫っているのかはわかりませんでしたが、でも洋服ではないようでした。何か小さいものでS字状に縫っているのが見えました。そこで働く人は皆、同じユニフォームに作業用の帽子をかぶりそれぞれ自分が受け持っている所を縫っているようでした。自分の受け持ちを縫い終えたら次の人に渡していく流れ作業のようでした。そういう場面を私が天井近くから見下ろしていました。

 

それからしばらくして、仕事が見つかりました。そこは運動靴を作っている所で従業員は皆、ユニフォームと作業用の帽子をかぶっていました。そして私が担当することになった所は、なんと天井から見下ろしていたS字状に縫っていた場所でした。仕事中にふとそのことを思い出しました。今私が縫っているのは、この情景は夢で見たことがあると、思わず私は天井を見ました。

当たれば嬉しい宝くじ

皆さんは宝くじが好きですか?私は大好きです。随分前に引き寄せで当ててみようと思い、眠る前にお布団の中で、私が銀行の窓口で当選したので換金をお願いしているところをイメージしながら眠るということを毎晩していました。
ひと月過ぎたころ、なんとミニロトの2等に当選し銀行の窓口で換金してもらい19万円を手にすることができました。

 

パートの仕事をしているときにボーナスはありませんでした。少しでもボーナスがあれば嬉しいのになと思いナンバーズ3を楽しい気分で、目を閉じ数字を思い浮かべたら3個の数字が私の眉間あたりにハッキリと見えました、その数字でナンバーズ3を買いました。するとストレートに当選していたのですが、セットで購入していたので6万円の臨時収入になりました。

ある年、友達と3人で宝くじがよく当たるという神社にお参りに行きました。年末ジャンボ当選を祈ってそれぞれ10枚ずつ買いました。友達2人はそれぞれ1万円当たりました。2人は初めて1万円が当たったととても喜んでいました。私はその3か月後にスクラッチで1万円当たりましたがスクラッチで1万円当たったのは初めてでしたので驚きました。スクラッチはいつも1枚だけ買うのですが二百円はよく当たります。ちなみにこの時も1枚だけ買いました。

これからも高額当選めざして宝くじを買い続けます。

耳鳴り  いつか止む時が来る?

こんばんは、もう10年ぐらい前から左耳だけに耳鳴りがするようになりました。ジーンやらキーンやらうるさくてしょうがないです。
耳鼻科に行って調べてもらったら、脳神経外科で診てもらってくださいと紹介状を書いてくれたのだけど、頭のMRIを受けてそこに小さな梗塞や腫瘍などがあったらと思うと怖くて行けないままになっています。

10年をかけて耳鳴りの音が以前よりも少し大きくなったような気がします。幸いにも眩暈はありません。たまに匂いや食べ物を口に入れたときに香りが全く分からないときがありますが今流行のコロナではありません。そんな時はプランターローズマリーの葉をちぎってきて匂いを嗅ぐと一瞬で目が覚めるような香りに安心を覚えます。

なるべく耳鳴りに意識を持って行かないように気を付けています。気にしだしたらノイローゼになりそうだし、そうはなりたくないですからね。

 

父が生きていた頃、夕食時にふと、「あ、耳鳴りが止んだ」と言いました。耳鳴りがしていたの?と私が聞くと父はもう随分前から耳鳴りがしていたとのことでした、私にはそれは初耳でした。

 

なんと我慢強い、普通だったら耳鳴りがしてイライラするとか言いそうだけど、一度も聞いたことがなかったのです。父は76歳で肺がんで亡くなりましたが、耳と脳の検査はしたことはありません、見た目特に問題なさそうでしたし認知症にもなっていませんでした。

 

私の耳鳴りは、父親譲りなのかしら、とすれば私も「あ、耳鳴りが止んだ」といえる日がくるかもしれない。その日を楽しみにしています。